男性尿道炎の診断
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2012年1月19日更新
この記事は著者と順天堂大学感染制御科の菊池准教授との共同研究2007年日本泌尿器科学会総会、2008年日本細菌学会の発表ならびに、日本臨床衛生検査技師会、東京都薬剤師会、西日本泌尿器科学会総会における学術講演「細菌学的根拠の基づいた男性尿道炎の診断と治療」の内容から抜粋して一般の方向けにわかりやすく書き直したものです。なお、この記事の内容の一部は著者の個人的意見であり、現在日本の学会における多数派の見解とは異なる部分があります。あくまでも患者様の利益を最優先に述べたものですから、学問的な是非を論じるものではありません。
医療機関様で日常診療にお役立ていただけると幸いですが、医療機関様がご利用されるにあたっては著者ならびに共同研究者は一切の責任を負いかねることをご了解ください。なお、著者の許可なく書籍、インターネット、論文ほかに記事や画像の一部または全部を転載、引用、公開を禁止いたします。
尿道炎の教科書的な分類と検査精度の限界
教科書的な尿道炎の分類は、①淋菌性 ②クラミジア性 ③非淋菌非クラミジア性の3通りに分類されています。この分類は検査結果による分類であって、検査結果が出るのは早くて3日以上待たなければなりません。さらに、検査の精度は約20%で偽陰性となってしまいます。つまり、感染していても5人にひとりは見逃されてしまうのです。(15分で結果が出るクイックテストは、もっと検査精度が悪いので参考程度だとお考えください。)
図 検査の限界
検体を採取してから検査を始めるまでの時間や温度管理によって制度は大きく変わってしまいます。また、検査には少なからずグレイゾーンがあって、何度も再検査をしなければ本当に正確なデータを得ることは出来ません。菊池准教授と大学院生が献身的に最大限の努力をされて何度も再検査された研究室レベルと、限られたコストと時間の中で結果を出さなければならない一般の検査センターでは最初から勝負にならないことは明白です。上記の比較は一般の検査センターを批判するものではなく、我々臨床医は普段手にすることが出来る検査の実力と限界を知った上で検査結果を判断するようにとの、自らへの戒めのつもりで公表しています。また、この分野をいつまでも「性病」と考えている健康保険は、必要最低限の検査さえも認めていません。ですから、下記に述べる尿道炎目視分類は、患者様のためだけではなく、少ない医療費で最大限のパフォーマンスを求められる臨床家の知恵の結晶と申せましょう。
尿道炎の目視分類 (著者のご提案)
初診時には検査結果が当てに出来ない一方で、初期治療がその後の治療結果の善し悪しを大きく左右します。経験を積んだ医師であれば初診時に原因菌が淋菌なのか、クラミジアなのか、両者の合併なのか、それともどちらでもないのかをかなりな確率で予測することが出来ますが、長年の経験とカンがたよりでした。著者は、研修医教育も手がけているので、専門医の経験値を普遍化して後輩たちに教えられないかと考えてきました。そこで、順天堂大学感染制御科の菊池准教授のご協力で、新しい尿道炎の分類と初期診断と治療のアルゴリズムを開発して日本泌尿器科学会で発表しました。また、西日本泌尿器科学会総会(北九州)でも教育セミナーで講演しました。
この分類では、尿道分泌物を目で見て分類して、原因菌を予測するという、至ってシンプルかつ単純なものです。単純なので覚えやすく、典型的な症例を何例かみておけば、尿道炎の臨床経験が全くなかったレジデントでもベテラン専門医医と同じように初期治療が出来るようになります。尿道分泌物の性状によって下記の4タイプに分類します。(下図)
① 膿性尿道炎: 尿道分泌物(ウミ)の量が多くて黄色くてドロドロしたもの
② 漿液性尿道炎: 尿道分泌物の量が比較的少なめで透明〜白濁してさらさらしたもの
③ 混合性: 膿性と漿液性の療法の特徴があるもの
④ 微量:顕微鏡でかろうじて白血球が認められるもの
それぞれのタイプにおける細菌検査の結果から、膿性と混合性、漿液性と微量の場合、最近の出現頻度に統計学的有意差がみられなかったことから、それぞれを同じカテゴリーとして「膿性」と「漿液性」と呼ぶことにしました。
膿性尿道炎の診断と治療のアルゴリズム
目視分類で膿性の場合、約80%もの症例が淋菌感染症でしたので、初期治療は淋菌をターゲットにしたものを選択します。しかし、約40%近くにクラミジア感染症やその他の感染症がある訳ですから、検査で出来るだけそのような細菌を見逃さないようにして、再診時に自覚症状や尿道分泌物、パートナーの検査結果等々の情報を総合的に考慮して、追加治療が必要かどうかを判断します。
図 膿性尿道炎診断と治療のアルゴリズム
漿液性尿道炎の診断と治療のアルゴリズム
目視分類で漿液性の場合、約半数の症例でクラミジア感染症が疑われるので、初期治療はクラミジアを想定したものを選択します。また、44%もの確率がある非淋菌非クラミジア性感染症に対して効くものでなければなりません。この場合淋菌感染症が見つかる可能性は10%程度なので、臨床検査で淋菌を見逃さないように、淋菌の検査は必ず行うべきです。
しかし、健康保険のルールで、「淋菌は細菌培養検査で検出可能だから」という理由で、細菌培養検査を行ったら淋菌の核酸増幅検査(DNAに一部をコピーして感度を高める精密検査:PCR法やSDA法)を行ってはならない規則になっています。そのため淋菌とクラミジアを一度に測定できるSDA法は女性には保険適応ですが、男性では保険が使えません。ちなみに、淋菌は酸素と触れたり温度が下がると死んでしまい、一般細菌培養でことはほとんど検出が出来ません。核酸増幅法は検査をするときにすでに菌が死んでいても、菌の数が少なくても、検出が可能です。もしも淋菌が見つかったら、再診時に淋菌の治療をするので、健康保険で男性にも早くSDA法を認めるべきです。
初期治療薬を決める上で、44%もの部分を占める非淋菌非クラミジア性感染症の存在が大きいと思うのは、上の図を見れば一目瞭然ですが、いままではこの部分は「雑菌性」とかいわれるだけで、実際には無視されてきました。「雑菌」なんて細菌はありません。下図は男性尿道炎各タイプからのマイコプラズマとウレアプラズマの検出率です。
一般的な細菌(大腸菌やブドウ球菌など)よりもマイコプラズマとウレアプラズマが多く検出されています。マイコプラズマやウレアプラズマは現在日本では病原菌としての認識が薄く、「健常人からも検出されるので、病原菌ではなくて常在菌である」として取り扱われているので健康保険で検査することも出来ません。しかしこれらによる単独感染や、ペアーの感染など、著者にはどう考えても常在菌とは考えられません。著者たちは、マイコプラズマやウレアプラズマは「確かに病原性が低いものの、クラミジアなどの他の病原菌とともに感染症状を増幅する」として、「感染の神輿担ぎ (Porter Pathogen)」と名付けて警戒するように提案しています。
表 マイコプラズマ属の検出率
ちなみに欧米、ロシア、韓国など海外ではマイコプラズマとウレアプラズマを「常在菌」とは考えてはいません。30年前の教科書に「クラミジアは感染者が多い割に発病するものが少ないので常在菌と考える」という記載がありました。この分野の考え方は日本では30年進歩がなかったのではないかと疑いたくなる事例です。
「淋病の検査方法」と「クラミジア検査結果の読み方」 「知ってても損しない淋菌のウンチク」は、「専門医向け記事」に移動しました。専門用語が多いのですが一般の方もご覧になれます
以下は2012年1月改訂版以前の記事です。
■ 尿道炎の臨床的分類
男性では尿道炎、前立腺炎、精巣上体炎(副睾丸炎)を、女性では膣炎、子宮頚管炎、子宮内膜炎、卵管炎、腹膜炎を引き起こす病原体としてよく知られている 淋菌とクラミジア。この二つは症状が似ているのに治療方針がまったく異なりますから、初診時にどちらかを決めなければ話が先に進みません。それなら「淋菌 にもクラミジアにも両方に効く」薬をどんどん使えばいいじゃないか。そう考えても不思議ではありませんね。しかしニューキノロンを乱用したために耐性淋菌 をはびこらせてしまい、一部のニューキノロンはクラミジアにも効きが悪くなってきています。経済的な理由でクラッシックな薬を使っていたアジア諸国ではかえって淋病は減っており、日本の事情はお粗末というしかありません。
検査結果を待っていたら治療の最初の機会を失ってしまうから、性病を診療する医師は最低限この二つの違いを臨床検査に頼らずにできなければなりません。
尿道炎の臨床的分類と治療(著者のご提案) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
上 記は著者が日常の臨床で利用している分類ですので、学問的な分類や治療薬も異なりますので医療機関では上記の点をよくご理解のうえご参照くださいますよう お願いいたします。当院の患者様以外の治療効果に関しまして当院と著者はいっさいの責任を負いませんのでご了解ください。 |