知ってても損はない淋菌のウンチク

投稿日:2010年6月8日|カテゴリ:専門医向け記事

●知ってても損はない淋菌のウンチク
「淋病」は有名でも、世の中にあまり知られていないウンチクを述べてみました。これを知っていたからといって淋病の治療に役立つわけではありませんのでお急ぎの方は耐性淋菌はどうしてできる
にお進みください。

淋病の歴史
淋 病は梅毒と並んで最も古典的な性病のひとつです。淋病の記録は古代の中国やエジプト、旧約聖書にも残されているそうです。最も正確な記録は、医学の神様と も言われるヒポクラテスが紀元前400年ごろに残しています。驚くことに淋病の症状はこの時代からほとんど変わっていないのです。梅毒が世界中に広まった のは新大陸発見後ですから、淋病に比べればまだまだ新顔ですね。ところがつい150年ぐらい前まではヨーロッパでは淋病は梅毒の症状のひとつと考えられて もいました。今では梅毒と淋病は違う病原体で引き起こされるということは誰でも知っています。しかし、ひとつの性病にかかるとほかの性病にかかりやすいこ とは、古今東西の区別なく今でも続いているのですね。

淋病は医学用語でGonorrhoeaといいます。 「精液」を意味する”Gono”と「流れる」を意味する”rhein”から2世紀ごろに名づけられました。淋病にみられる特徴的なウミを精液が漏れ出たも のだと思ったのですね。医療関係者が患者様にはわからないように隠語を使うことがありますが、「ゴノ」は淋病のことをさします。医者の世界の呼び名も2世 紀からたいして変わらないんですね。

淋病を引き起こす病原菌=淋菌が発見されたのは1873年で、日本は明治維新のころです。発見者のナイセリア博士にちなんでNeisseria Gonorrhoeaという学名がついています。

地方では昔から「淋病になると女郎にも相手にされなくなるから、おちんちんが淋しくて泣く病気だ」といわれていたそうです。私の母親は栃木県の出身ですが、私が中学生のときに母から聞かされました。そんなことを子供に聞かせることをどうお思いでしょうか?そのときは率直に汚い話だと思いましたが、今は教訓的な民間の性教育だったんだと理解しています。

その昔、著者が医学部で習った知識はこの程度です。いや、もっといろいろ習ったかもしれませんがこんなことしか印象が残っていないのです。著者の印象は、きっと世の中の誰もが持つ印象と同じだろうと思います。つまり、「淋病」のイメージは「ふるくさい病気」「過去の病気」=「たいしたことない病気」というところでしょう。でも、淋病をなめてはいけません!どんなに人類がすばらしい文明を築こうとも人類の歴史とともに生き残ってきた病気ですから、これからも生き残っていくことでしょう。

淋菌の仲間たち
淋菌の親戚に当たるナイセリア属という病原体の種類は、主にヒトの口腔咽頭に存在しています。ナイセリア属の中にはN. meningitidis やN. flavescens  のように、時として髄膜炎という恐ろしい病気を引き起こすものもありますが、ほとんどのナイセリア属は毒性が弱く、健康なひとの口の中に無症状で生き続けています。

困ったことに淋菌(Neisseria Gonorrhoea)もほかのナイセリア属と同じように症状を見せないで自分の存在を隠してしまう性質があり ます。淋菌に感染していても半数以上のひとが自覚症状に気づかないのはこのためです。淋菌に限らず性病を引き起こす病原体にはこのように自分の存在を隠す 能力を身につけていますから、「こんなにまじめな人間には性病なんかあるはずない」という先入観を持ってしまうと、性病たちの思うツボなのです。

耐性淋菌はどうしてできる
淋病と人間の戦いの歴史は抗生物質の開発の歴史と一致します。新しい発見があるとそのたびに「淋病は絶滅する」といわれますが、淋菌は必ずその抗生物質 に対して抵抗力(耐性)を獲得して復活してきます。しかも危機を乗り越えて復活してくると前よりも強くなってしまいます。最近では1990年代前半に登場 したニューキノロン系抗菌剤によって、淋病は激減しました。ニューキノロンの乱用によって90年代中盤以降に耐性淋菌が勢力を盛り返し、現在ではセフェム 登場前のレベルまで戻ってしまいました。

このような淋菌の耐性獲得のうらには口腔内常在菌である無毒のナイセリア属の関与が大きいことがわかってきました)。日本では風邪など、本来は抗生物質 がいらない病気に対して漫然と抗生物質を投与することがよくあります。しかも飲んだり飲まなかったり中途半端な投与を繰り返すと、のどに常在勤として存在 する無毒のナイセリア属も、自分の身を守るために抗生物質に対して耐性を獲得します。
オラルセックス(口腔性交)によって性器にあった淋菌が口腔内に移動してナイセリアと出会うと、淋菌はもともとナイセリアの親戚ですから簡単に耐性遺伝子を譲渡されます。(小野寺昭一先生・小島弘敬先生ほかのご研究


耐性淋菌の誕生
第14回日本エイズ教育学会(2003年11月島根県益田市)で著者が使用した講演スライド