性器ヘルペス再発抑制療法の患者マネジメント

投稿日:2012年1月8日|カテゴリ:専門医向け記事

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2014年4月13日更新
この記事はおもに皮膚科、泌尿器科、産婦人科の専門医が性器ヘルペス再発抑制療法を円滑に実施されることを目的として、著者の著作や講演会の内容から抜粋して、書き直したものです。一般向け記事と一部重複しますが日常診療にお役立ていただけると幸いです。なお、著者の許可なく書籍、インターネット、論文ほかに記事や画像の一部または全部を転載、引用、公開を禁止いたします。


アドヒアランスの向上とPatient on demand 方式

GH再発抑制療法の目的は、単に再発症状を抑制するばかりではなく、体内のウイルスボリュームとウイルス活性を抑制することで、治療期間と治療後における再発症状を軽減し、患者様の精神的負担をも軽減することにあります。そのため治療期間中は自覚症状がなくても毎日薬を飲み続ける必要があります。以前は服薬コンプライアンスをあげることを目的に患者教育に「再発や無症候性排泄の危険」といったネガティブな情報を使ってきましたが、当院では、患者様が自分の明るい未来のために自ら進んで治療に参加することをサポートする、「アドヒアランス教育」を取り入れることで、ほとんど治療から脱落することはありません。途中で中断された方も転居、保険資格喪失、妊娠等、やむを得ない事情がある方ばかりで、原因不明のドロップアウトは全体の5%だけでした。

 

① 抑制療法ダイアリーの記載方法

導入時にGH再発抑制療法ダイアリー(グラクソスミスクライン社発行)の記載方法を説明します。

図 性器ヘルペス再発抑制療法ダイアリー

見開き1ページが1ヶ月分になります。毎日1回バルトレックスを服用したら服用欄にチェックマークを入れます。飲み忘れたら空欄にします。

前兆と再発症状があるときはそれぞれの欄に患者様の自己判断で①:軽度 ②:中等度 ③:重度 の3段階で数字を記入していただきます。出来れば余白に症状の様子を書き込んでいただけるとあとの判断の助けになります。

目に見える再発がおこりそうだと患者様が判断されたら、バルトレックスを1日2回飲んでいただき、2回目の服薬欄にチェックマークを記入していただきます。ただし、2回飲んでいいのは3日間までで、3日間で症状が改善しない場合は必ず医師に相談することとしています。相談を受けたら出来るだけ再診をしていただいて実際の症状が性器ヘルペスであったか、他の疾患や細菌性二次感染がなかったかのご判断をして適切に治療してください。もしも性器ヘルペスでなくても、しかるようなことはせず、鑑別診断を丁寧にご説明して次回から間違えないようにご理解いただいてください。 

 

② Patient on demand方式

とはいえ患者様が勝手に治療するのではなく、症状と内服状況を抑制療法ダイアリーに記載していただき、後日診察時に医師がチェックして適切なアドバイスいたします。再発時の増量を患者様のご判断に任せることで患者様ご自身が治療の主役であるというのが根本理念です。

このような考え方はPatient on demand 方式といって、長期間の継続が必要な治療の場合に有効です。古くは服薬コンプライアンスといって、患者様が医者の指示に従って服薬させるといった考え方が主流でしたが、Patient on demand 方式は、患者様が進んで治療に参加する、アドヒアランス向上を狙った最も進んだ治療哲学に基づいています。

冒頭にも述べましたが、GH再発抑制療法の目的は単に自覚症状や無症候性排泄を抑制するばかりではなく、患者様の精神的不安を軽減することにあります。なぜなら、再発を繰り返す患者様の中には少なからず、自己嫌悪、抑うつ状態、セックスレス、恋愛の破綻等を経験され、または不安に感じておられるので、実生活においていろいろなシーンで積極性が欠落してしまう傾向にあります。海外の研究では「GHによって出世が遅れる」とさえいわれています。著者はGH再発抑制療法を通じてこのような患者様を一人でも多く救済したいと願って、6年にわたる経験とノウハウをこうして公開しています。

 

図 再発に対する不安

下図左は抑制療法ダイアリーに記載していただいた「再発に対する心配」と、下図右は「現在の治療に対する満足度」をそれぞれスケール化したものの経時的推移です。それぞれ0点は「とても不安に思う」と、「全く満足していない」を表し、心配の指数は3点満点、満足度は10点満点で患者様に自己評価していただきました。これによると再発に対する不安と満足度ともに再発抑制療法導入直後から6ヶ月目まで改善しつづけその後も治療終了まで維持されることがわかりました。

患者様の中には「再発が怖くて長年あきらめていた海外旅行に行けた」とか、「抑うつ気分で精神科に通っていたが再発抑制療法をしてからは精神科の通院をやめた」とか、「パートナーにヘルペスをうつすのと帝王切開が怖くて妊娠をあきらめていたが無事に自然分娩できた」とか、数限りない感謝のお言葉を頂戴して、この治療によって真の意味での患者救済が出来ることを実感しております。


図 満足度

 

1年治療後の患者マネジメント

症状が出そうなときにあらかじめ薬を飲んでおく「待ち伏せ療法」は禁物です。症状をごまかすだけなのでウイルス拡散を助長して、バルトレックス耐性化の危険があります。社会保険でもそのような使用方法を許可していませんから、通常のご診療で待ち伏せ療法は絶対になさらないでください。

ただし、日本の健康保険のルールでは再発抑制療法を1年間終了したあとに治療を中止して数ヶ月間経過観察をして再発の有無を観察することになっていますが、この期間せっかく軽減していた患者様の症状と精神的不安が増幅してしまうケースがありますから、著者は患者様の自己判断で、少しでもストックを蓄えておいて待ち伏せ療法をされることを容認しています。この方法は厳密な意味では健康保険のルールから外れますが、人道上の見地から必要な措置と考えています。学会のシンポジウムにおける討論でも、賛成意見が多数で、反対される方はいらっしゃいませんでしたし、この治療方法の生みの親であるロンドンキングスカレッジのDr. Patel も日本の事情から妥当な措置であると著者の意見を後押ししてくださいました。

1クール(1年間)の治療が終了すると患者様はまた再発等の不安によって精神的に不安定になります。実際には体内のウイルスのボリュームと活性は抑制してあるので、治療前とは全く条件が違っています。もしも再発したとしても症状は非常に軽く、数回のバルトレックス服用で収束してしまいます。患者様には「再発しても1年間治療したことは無駄ではない」とはっきりとメッセージを伝えましょう。もしも再発を繰り返す場合には2クールめ、3クールめをお勧めします。

 

海外では治療期間の制限を設けていない代わりに薬品費を自費にしているので、日本の制度は世界で最も安い値段です。患者様に日本の医療制度のメリットをご理解いただき、適正にご活用いただきたいと思います。